■『恋から愛へ、恋愛結婚から見合結婚へ 』
■中央大学文学部と読売新聞立川支局共催のリレー講座
「恋愛、家族、そして未来」の第5回目が、去る8月27日に
実施されました。
今回は、哲学科の中村昇先生が
「恋愛なんてありえない?!」
と題して、恋愛の不可思議さを探っていました。
■その要旨が9月2日付け読売新聞地域面(東京三多摩版)に掲載
されていましたので、当メールマガジンの読者の皆様にも知って
もらいたいと思い、下記に一部編集して転載いたします。
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▼恋愛って本当に不思議な現象で、なぜあるのか、私にはいまだによくわかりません。
家族を作ることと、恋愛は関係があるのでしょうか?
■確かに、今の世の中では、恋愛をして、家族を作って・・・という
流れがありますが、家族を作るだけなら恋愛なんてしなくていいのです。
しかも、恋愛をして家族になったはずでも、そこには恋愛は絶対に入り込めません。
夕食の席で父親が
「いやあ、きょう、恋愛しちゃってねえ」
なんて言ったら、もうシーンとしちゃって、母親から凄いスピードで
茶碗か何かが飛んでくるに違いありません(笑)。
■さて、恋愛そのものは,どういう現象なのでしょう。

まず、特徴として上げられるのは「受動的なもの」だということです。
恋愛は「今日は暇だから、午後から渋谷に行って恋愛をしよう」とはいきません。
ウイルス性の病気にかかるように、突然、受動的に始まります。
■「彼女に恋した」というように、恋するという動詞
を使う時は、「に」という助詞を使います。
「山に登る」と言うと、頂上を目指して登ることで、
「山を登る」は、登っている状態を指します。
■つまり、「に」を使って何が現されるかというと、到達点があって、
そこからある影響を受けて受動的な反応が生じるということです。
これは、恋愛の構造と非常に密接に関係します。
また、「かけがえのなさ」も大きな特徴です。
失恋した人に、「世界の半分は異性だから」というような慰めをいう人がいます。
これは、恋愛の本質を完璧に見誤っています。
■世界中に色々な人がいますが、最初は数量としてしか
とらえられない三人称あの人、この人)の存在。
■でも、恋をした相手は世界の外側へ超越した絶対的
二人称(あなた)へとレベルアップします。
アイドルっていますよね。
■僕の場合はイングリッド・バーグマンで、具体的な
生活を送っている同じ人間だとは思えませんでした。
そういった相手からは、当然コントロールを受けます。
■つまり、超越的対象が実際に目の前にいると、どうしたらいいか
わからなくなってしまうということです。
■たとえばバーグマンが目の前にいて、食事に誘われて、一緒に
食事に行かなくてはならなかったとしたら、どうします?
物凄く苦痛じゃないですか?
一緒にいたいけど、逃げたい。
でも、会わないのも、つらい。
非常に不思議な関係になってくるのです。
別の側面から見ると、恋愛というのは「ハレとケ」でいうハレ。
非日常の祭り状態、と言えます。
日常状態でケの状態が、恋愛状態が生まれると一変します。
人間は、そもそも原理的に受動的なあり方をしています。
自分から選んだわけではなく、突然、生まれさせられ、寿命が来たら、殺されます。
■ある意味、死刑囚(!)のような日常ですが、それが、
恋をすると突然、世界は自分のためにあると感じられるようになり、
恋愛対象に「好き」と言われた瞬間、バラ色に輝いたりします。
でも、相手を超越的世界に位置づけて育むのは、自分です。
■本当の相手を知らないのに、現実の世界と遊離した、
ひとりよがりの妄想を膨らませます。
その構造は宗教に似ています。
■神に対して敬虔な気持ちを抱く純粋な幸せがある一方、自爆テロ
のように現実から遊離した、危険な方向への暴走も起こります。
恋愛の持っている二つの側面が、これに呼応します。
■好きな人にコントロールされて世界がバラ色に輝くという側面と、
自分一人だけの妄想の世界に入り込んでしまうストーカー的側面。
■以上の事から、恋愛が目指すのは、超越的存在との精神的合一ではないでしょうか?
でも、相手は我々と別の生身の存在なわけですから、どうしても合一は不可能。
もし、果たされるとすれば、どちらかがいなくなり、恋愛自体消滅してしまいます。
恋愛のパラドックスですね。
■では、恋愛という現象はなぜ存在するのでしょう?
■哲学者プラトンは、現実の世界の背後には、理想的なひな形
であるイデアの世界があるとしています。
そこにいるのは、完全人。
■両性的な存在で、「男性・男性」「男性・女性」
「女性・女性」の三つのパターンがあります。
■この完全人が現実世界に降りてきて半分に別れ、「片割れ的存在」となるとしています。
「片割れ的」というのは、性別だけではなく、生物と無生物、植物と動物にも分かれます。
■人間は片割れ的存在だから、完全になろうとし、それが恋愛の
基本的方向になっていると考えられます。
(編者注:当メールマガジン6 月24 日発行の第14 号で取り上げた「赤い糸の伝説」に通じる考え方です。
■進化論によると、我々は、原始の粒みたいなものからどんどん進化して、
有機物となり、単細胞生物となり、人間になっていったそうです。
■だから、物質的な状態へと郷愁を持つ、というのが、
フロイトのいうタナトス、死への欲求です。
というのは、死ねば物体になりますから。
■次に、人間は必ず母親から生まれてきますが、
それ以前は必ず母子一体の状態を経験しています。
■つまり、人間は、物質としての連続的な状態から、生命体として
孤立し、一つの個体として生まれる時には、母親と分離します。
■物質からの分離、母親からの分離、すなわち系統発生的な
連続・分離、個体発生的な連続・分離を経験するのです。
■その後、人間は社会的・経済的な庇護をもたらす家族からも、
分離しようとします。
■第2次反抗期は、通常恋愛を始める頃ですが、孤立が恐いから、
いわば、別の個体との新たな連続を作り出そうとするという
流れの中に、恋愛があるのではないでしょうか?
■ところで、恋愛が目指す超越的対象との精神的合一は、あくまでも妄想です。
ただ、合一を達成できたような錯覚を持つこともあります。
片想いです。
片想いでいる限りは、自分だけで恋愛対象を育むことができます。
ある意味、恋愛の最も純粋な形態です。
遠距離恋愛のように、双方が片想いを維持できる状態でもいいでしょう。
■生身の人間としてエゴや都合をぶつけ合い、「結局あなたはただの人」
などと思ったりしなければ、妄想は維持できます。
また、妄想の相手と普通の人間関係を持ちたければ、つきあえばいいのです。
ただ、膨らませていた妄想は、しぼみ、消えてなくなります。
具体的な人間関係はひとりよがりの妄想を決して許しません。
もっとも、つきあい始めたとしても、まだ、ある程度の距離は残って
いるので、純粋な恋愛状態の残滓(ざんし)が続く可能性はあります。
ただ、結婚してずっと一緒にいるとなると、完璧に消滅します。
■結婚というものは、いろんなものの墓場であるらしいですけれど、
恋愛の墓場であることは、確かです。
■われわれは通常、恋愛して、つきあって、結婚するということを
自然な移行過程と捉えますが、これはおかしいです。
恋愛は、精神(感情)状態。
つきあう(交際)は、人間関係。
結婚は、制度です。
カテゴリーがそれぞれ、全く異なります。
だから、「結婚したのに、恋愛はどうなったの?」などとは問えません。
恋愛は、人間の社会生活には生の形では登場しません。
普通の人間関係を結べば壊れてしまうので、ありえないのです。
■最後に、「恋から愛へ」ということを話したいと思います。
■21世紀ももう5年度程過ぎましたが、これからの時代を人類が
乗り切るためにはどうしても、独我論的な恋だけでなく、共同主義的な、
「愛」が必要になるのではないかと思うのです。
では愛とは何か?
われわれの間の既に存在する連続(つながり)を確認することではないでしょうか?
■われわれは視覚を重要視して、目の前に、自然、環境、
世界があると考えてきました。
「われわれがいて、自然がある」というふうに対峙させてきたのです。
■でも、われわれには物質との連続性(つながり)があるのですから、
自然の中に既に存在しているといえます。
■視覚偏重から脱却し、目をつぶって聴覚、触覚を働かせれば、
あらゆる方向から音が聞こえ、空気の流れが感じられる。
世界に包まれて存在していると自覚できるはずです。
また、人間は、自分の振る舞いを自分で見ることはできないので、
「私が私である」ためには、他人が必要です。
人間同士も不可分な連続(つながり)の中にいます。
■妄想として、超越的対象と合一するような方向を経験することも大切ですが、
他人や自然と自分が、既に合一しているということも自覚したほうが良いです。
■全面的に他者と連続している(つながっている)
状態こそ、愛の始まりではないでしょうか?
これは、親の、子に対する感情に顕著かもしれません。
■恋愛対象のみでなく、自然や他人、この世界の存在すべてが、
かけがえがないのない存在。
それを自覚することが、愛なのではないでしょうか。▲
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■いやあ、歯切れのいい内容ですね。
学生時代、こういった先生に習いたかったです。
■まとめ:
恋の行き着く先は、必ずしも結婚ではありません。
もちろん、恋愛結婚はあり、ですけど。
■結婚は、自然な恋愛感情から生じてくるのに任せていては、
時には不可能です。
■恋愛が、自然な友情関係から生じてくるのに任せていては、
大いに困難なように。
結婚するためには、必ずしも恋をする必要はありません。
もちろん、恋をしてもいいのですけど。
必要なのは、愛すること、です。
この人と結婚したいは、この人を愛したいと、同意語です。
さあ、今、あなたは恋をしたいのか、
結婚をしたいのか、
決 ・ め ・ る。
■今回は、それができる、あなたのために書きました。
ウエディング・ベルを鳴らすその日のために。
▼結婚コンサルタント
■田代 ゆき生
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